この記事を読むと、辞めてから次の収入までに出ていく額と、手元にある額と入る額を左右に並べ、「足りるから自分で言う」「上司を通さず伝える」「足りる月まで残る」のどれかを決められます。そのうえで、家族に数字で切り出せます。
通帳と家族の顔を交互に見る夜
営業課長として働いている人の話です。正社員で、期間の定めのない雇用です。パートナーと子どもがいて、家計は自分の給料だけで回っています。辞めたいと思っています。夕食の席で切り出そうとして、通帳と家族の顔を交互に見て、言わずに終わる。そういう夜が続いています。
口が開かないのは、「辞めたら暮らせるか」という問いに、まだ答えがないからです。答えがないまま「辞めたい」と言えば、「暮らせるか」という問いが、そのまま家族の問いになります。その先が言えないと分かっているから、口が開きません。
答えは、二つの数字を並べると出ます。左に、辞めてから次の収入までに出ていくもの。右に、手元にあるものと、入ってくるもの。左と右の差が、「足りる」「足りない」「あと何か月で足りる」を決めます。この記事は、その左右の表を作るところから始めます。話の前提は、期間の定めのない雇用で働く正社員です。
左右の表:三か月分で書く
紙を縦に二つに分けます。左に出ていくもの、右に手元にあるものと入るもの。どちらも「三か月分」で書きます。一か月分では、辞めた直後の手続きや、最初の給付が届くまでの期間がはみ出すからです。三か月あれば足りるという意味ではなく、見る長さとして三か月を使います。
表の中に出てくる保険・年金・税・給付の決まりは、2026年10月時点で確かめたものです。変わることがあるので、書き込む前に、それぞれの窓口の最新の案内も見てください。失業中の給付の額は、この記事では試算しません。受けられるかどうか、いくらになるかは、ハローワークが判断します。
左:辞めてから次の収入までに出ていくもの
| 項目 | 一か月分 | 三か月分 |
|---|---|---|
| 家賃または住宅ローン | 円 | 円 |
| 食費・光熱費 | 円 | 円 |
| 子どもの費用(給食費、習いごと、学用品など) | 円 | 円 |
| 健康保険(任意継続か国民健康保険) | 円 | 円 |
| 国民年金(パートナーの分を含む) | 円 | 円 |
| 住民税の残り | 円 | 円 |
| 代行を使うなら、その費用 | 円 | (一回) |
| 合計 | 円 | 円 |
健康保険の行は、いまの給与明細の額をそのまま書かないでください。任意継続にすると、在職中は会社と半分ずつ負担していた保険料を、本人が全額負担することになります。その額は、退職時の標準報酬月額に、住んでいる都道府県の保険料率をかけて決まり、標準報酬月額には上限があります。国民健康保険の額は、市区町村と前年の所得で変わります。どちらが安いかは、公的機関のページでは決めていません。任意継続の額は今の健康保険の運営者(協会の支部や健康保険組合)で、国民健康保険の額は市区町村で試算してもらい、安いほうをこの行に書きます。
国民年金の行は、次の勤め先にすぐ入らない場合に、国民年金の第1号被保険者へ切り替えたあとの保険料です。退職により納付が難しい場合は特例免除の申請ができますが、審査があるので、ここでは免除を前提にせず、払う額で書きます。パートナーが読者の扶養に入っている場合(第3号被保険者)、パートナーも同時に資格を失うので、パートナーの分の切り替えも必要になります。その分もこの行に足します。
住民税の行は、前年の所得に対してかかるので、辞めて収入が減った年にもかかります。辞める月によって扱いが違います。1月1日から4月30日に辞めると、残りの額は5月31日までに払われる給与や退職金からまとめて引かれるのが原則で、最後の手取りが大きく減ることがあります。6月1日から12月31日に辞めると、残りは自分で納める形に切り替わり、希望すれば最後の給与や退職金からまとめて引いてもらうこともできます。細かい扱いは住んでいる市区町村で確かめてください。
代行の行は、使うと決めた人だけが、自分で見た額を書きます。この記事では額を書きません。
右:手元にあるものと、入るもの
| 項目 | 書き方 | 額 |
|---|---|---|
| 預金(すぐ使える分) | そのまま | 円 |
| 最後の給料(辞める月の分) | そのまま | 円 |
| 退職金(就業規則で確かめる) | そのまま | 円/制度なし |
| 失業中の給付 | 額は書かない | 条件を満たす見込み/分からない |
| パートナーの収入があれば | 円/月 × 3 | 円 |
| 合計(額が分かるものだけ) | 円 |
パートナーの収入の行だけは、月の額(円/月)で書いてから3をかけ、三か月分にそろえます。左が三か月分なので、右も同じ長さで比べるためです。
退職金の行は、就業規則の退職金の定めを見て書きます。退職金は法律で払うと決められているものではなく、制度があるかどうか、何年勤めれば出るか、自分の都合で辞めると減るかは、会社ごとに違います。制度があれば、支給の条件、計算の方法、支払の時期を就業規則の中で探します。見当たらない場合は人事に聞きます。
失業中の給付の行は、額を書きません。受けられる条件は、原則として離職の日以前2年間に雇用保険の被保険者期間が通算12か月以上あることです。自分の都合で辞めた場合は、受給手続きの日から7日間の待期があり、そのあと退職日が2025年4月1日以降なら原則1か月の給付制限があります。退職日からさかのぼって5年間に、正当な理由のない自己都合退職で受給資格の決定を受けたことが2回以上あると、給付制限は3か月です。自分の都合か会社の都合か、正当な理由があるかは、ハローワークが判断します。この行は「辞めてすぐ入る収入」ではないので、左右の差の計算には入れないでください。
左右の差
| 計算 | 額 |
|---|---|
| 右の合計(額が分かるものだけ) | 円 |
| 左の三か月分の合計 | 円 |
| 右 − 左 | 円(プラスなら足りる、マイナスなら足りない) |
マイナスだった人は、もう一つ計算します。
| 計算 | 額 |
|---|---|
| マイナスの額(マイナスの記号を外した額) | 円 |
| いまの手取りから毎月残せる額 | 円/月 |
| マイナスの額 ÷ 毎月残せる額 | か月(あと何か月で足りるか) |
割り切れないときは、小数点以下を切り上げます。たとえば、マイナスの額が毎月残せる額の2.3倍なら、2か月では足りないので、3か月と書きます。この「あと何か月」が、原因Cの人の期限になります。
右−左の答えで、原因を分ける
表ができたら、その表を見ながら、次の三つに答えてください。
- 右−左はプラスか。三か月分は足りるか。
- 上司に辞めると言うと、「家族を養っているだろう」と家の事情を持ち出されて、押し切られてきたか。
- マイナスなら、割り算の答えは何か月か。
ここから先は、答えの組み合わせを三つの原因として呼び分けます。家計の数字と会社での場面を分けるために、この記事で作った整理です。
| 右−左 | 上司の前で | 原因 |
|---|---|---|
| プラス(足りる) | 自分で言える | A:切り出せなかったのは、数字がなかっただけ |
| プラス(足りる) | 家の事情を持ち出され、押し切られる | B:家族には言えても、会社には言えない |
| マイナス(足りない) | どちらでも | C:足りる月まで残る |
マイナスで、しかも上司にも言えない人は、先にCで足りる月を決めます。その月が来て右−左がプラスになったら、もう一度この表に戻って、AかBかを選び直します。
A:数字を見せて、自分で言う
Aの人は、暮らせるかの答えを持っていなかっただけで、上司に言う場面は作れる人です。進め方は五つです。
一つ目は、表の空欄をなくすことです。退職金の行で就業規則を開く、保険の行で試算してもらう。この二つに時間がかかりますが、ここが埋まると「暮らせるか」の答えが固まります。
二つ目は、家族に数字を見せて切り出すことです。夕食の席で左右の表を置いて、一文で言います。文例はこうです。「辞めたい。三か月分を出したら、こう。一緒に見てほしい」。長い説明の代わりに、表を指します。
三つ目は、右−左がプラスのまま収まる最終日を選ぶことです。法律上の最低線は、期間の定めのない雇用なら申し入れから2週間です(民法627条1項)。ただ、就業規則に「1か月前まで」のような常識的な長さの定めがあれば、それに沿って申し出るほうがトラブルが少ないと労働局は説明しています。就業規則の期間を見て、最終日の月の給料が表の「最後の給料」の行と合っているかも確かめます。
四つ目は、退職届です。家族に見せた表と同じように、日付が入った紙を上司に渡します。文面の例は「退職届。(最終日の日付)をもって退職いたします。(今日の日付)、(名前)」で、公的な様式ではなく、この記事での例です。退職の意思表示は口頭でも有効とされていますが、書面のほうが行き違いを防げる、というのが労働局の説明です。
五つ目は、引き継ぎ資料です。課長の立場なら、部下と取引先の引き継ぎがあります。引き継ぎをする義務を定めた法律は確認されていませんが、申し出の期間を守り、できる範囲で資料を残しておくと、最後の数週間の話がこじれにくくなります。
詰まるのは、家族が「次は決まっているの」と聞く場合です。次の仕事がこの記事で決まるわけではないので、答えは一行だけにします。「次が決まるまでの三か月分は、ここにある」。右の表を指して言います。次の話は、最初の一手のあとに続けます。この記事は、次の仕事が決まることを約束しません。
代行が扱えない行が、右の表にある
Bの道には、退職代行が出てきます。頼む前に、右の表を見てください。「最後の給料」と「退職金」の二つの行は、一人で家計を支える読者にとっていちばん大事な行です。そして、この二つの行は、弁護士でない代行には扱えません。
弁護士でない代行にできるのは、本人が決めた退職の意思を会社に伝えることまでです。最後の給料や退職金の請求、退職日の話し合いは、法律に関わる事務にあたり、弁護士でない人が報酬を得て行うと弁護士法72条の問題になるとされています。弁護士会や労働委員会も、この点について注意を呼びかけています。払われなかったときにどこへ行くかは、Bの進め方の中に書きます。
自分で伝える場合と比べて変わるのは、上司と顔を合わせるかどうかの一点です。会社に届く中身は同じで、自分で伝える道には費用がかかりません。それが基本の道です。代行の費用は、左の表の代行の行に、自分で見た額を書きます。その額を払っても顔を合わせずに終えたいかを、右−左と一緒に見ます。
代行を使わずに顔を合わせない方法もあります。退職届を郵便局から送る方法です。出した事実と内容と届いた日付を残したい場合は、内容証明と配達証明という郵便の方法があります。
B:家族に先に言い、会社には代わりに伝える
Bの人は、上司に言うたびに「家族を養っているだろう」と家の事情を持ち出され、顔を合わせると押し切られてきた人です。家族には言えても、会社には言えない。この人にとって、代行は会社への一言を代わりにしてもらう道です。
頼む前に決めることは五つです。
| 決めること | 書き込む欄 |
|---|---|
| 最終日 | 月 日 |
| 退職届の文面 | 「退職届。(最終日の日付)をもって退職いたします。(今日の日付)、(名前)」 |
| 引き継ぎ資料(誰に何を渡すか) | |
| 部下に自分で伝える日 | 月 日 |
| 家族に先に話しておく | 済/未 |
家族に先に話すのは、代行を使うと、会社から家族へ連絡が来る可能性があるからです。会社が家族に連絡してよいか、してはならないかを直接述べた決まりは見つかっていません。「電話は来ない」とも「してはいけないことだ」とも言えないので、来たときに家族が事情を知っているよう、先に話しておきます。部下に自分で伝える日も決めます。代行が伝えるのは会社への退職の意思だけで、部下への説明は、読者が自分でする部分です。
頼んだあと、自分でやることの一つ目は、家族全員の分の切り替えです。健康保険は、任意継続(退職日の翌日から20日以内に申し出。退職日までに被保険者期間が継続して2か月以上あること)か、国民健康保険(14日以内に市区町村へ)です。パートナーと子どもが読者の扶養に入っていた場合は、その分の手続きも要るので、今の加入先か市区町村の窓口で確かめ、家族全員分をまとめて進めます。国民年金は退職日の翌日から14日以内に市区町村の窓口で、パートナーが第3号被保険者だった場合はパートナーの分も同時に要ります。期限が短いので、最終日の前にどちらにするかを決めておきます。
二つ目は、右の表の「最後の給料」と「退職金」の行が、本当に入ったかを確かめることです。ここはこの記事の詰まる所なので、下にまとめます。
ほかに、離職票・源泉徴収票・退職証明書の受け取りがあります。離職票は会社が出さなくてもハローワークに申し出れば手続きが進み、源泉徴収票は退職後1月が交付の期限で、出なければ税務署に届け出ができ、退職証明書は請求したときに会社が出す書類です。上司から直接連絡が来ることもあります。「本人への連絡は控えてほしい」と代行が伝えるのは頼みごとで、会社を縛る決まりではないからです。来たら、「退職の意思は伝えたとおりです。最後の給料の明細と書類の送付をお願いします」と短く返します。
詰まるのは、最後の給料や退職金が払われるか不安になる場合です。代行は請求を代わりにできないので、ここは読者が自分で動きます。決まりでは、退職した人が請求した場合、会社は7日以内に賃金を払わなければならないとされています(労働基準法23条1項)。「辞めるなら今月分は払わない」という扱いは、賃金の全額払いの決まり(労働基準法24条)にも反し、労働局は「支払う義務がある」と説明しています。退職金は、就業規則などで支給の条件が明確に決まっていて、権利として請求できるものなら賃金にあたるとされています。払われなければ、労働基準監督署へ相談します。請求の文面は「◯月◯日に退職しました。未払いの賃金の支払いをお願いします」と、日付を入れた書面で出します。
C:足りる月まで残る
Cの人は、左右を並べたら足りなかった人です。残る期間には期限(足りる月)があり、条件(毎月、表を更新すること)があります。期限も条件もない「残る」は、道ではありません。
進め方は四つです。
まず、右−左のマイナスの額を、もう一度確かめます。
次に、足りる月を期限にします。マイナスの額を、毎月残せる額で割り、割り切れなければ切り上げます。たとえば、マイナスが毎月残せる額のちょうど4倍なら4か月後、4.2倍なら5か月後が期限です。
三つ目に、家族に「◯月まで残って、◯月に言う」と伝えます。文例はこうです。「三か月分を出したら、いまは足りない。◯月まで残れば足りる。◯月に、会社に言う」。期限の月があるかないかは、家族が聞くときの材料になります。
四つ目に、毎月、左右の表を更新します。預金の行が増え、マイナスが減っていくのを、月に一度、家族と一緒に見ます。期限の月が来たら、右−左の表に戻って、AかBを選びます。
詰まるのは、期限の前に会社で大きな異動が来たり、残業が増えたりする場合です。このとき、期限は延ばしません。延ばすと、「残る」が道でなくなるからです。代わりに、足りない額を家族と見直します。左の行で減らせるものはないか、右の行で増やせるものはないか。期限を動かすのではなく、差額を動かします。
足りる・足りない・押し切られる、で道を決める
道を決める問いは、二つだけです。
最初に見るのは右−左です。マイナスなら、Cです。期限と条件を決めずに残ろうとしているなら、それはまだCではないので、割り算の答えを期限として書くところから始めます。
プラスなら、次に上司の前の場面を思い出します。自分で言う場面を作れるなら、Aです。費用のかからない、基本の道です。家の事情を持ち出されて押し切られてきたなら、Bです。ただし、Bを選んでも、最後の給料や退職金を確かめるのは自分です。退職日の話し合いや給料の請求まで代わりにしてほしい人には、Bは合いません。代行にはできないからです。
今日、表の一行目を書く
| 道 | 今日書く行 | その行が決めること |
|---|---|---|
| A | 左の表の、家賃(住宅ローン)の行 | 左の合計のいちばん大きな部分 |
| B | 表より先に、家族への一文 | Bの道の条件(家族が先に知っていること) |
| C | 右の表の、預金の行 | 「あと何か月」の割り算の出発点 |
Aの人は、左の一行目から始めます。家賃や住宅ローンは、左の中でいちばん大きく、いちばん変わらない行です。ここが書けると、残りの行に進みやすくなります。
Bの人は、表より先に、家族への一文です。「辞めたい。会社には自分で言えないから、代わりに伝える人に頼むつもり」まで言えれば十分ですが、今日は「辞めたい」だけでもかまいません。
Cの人は、右の一行目から始めます。預金の行は、右の中でいちばん確かな数字です。ここが書けると、割り算が動き出します。
夕食の席に、表を置く
夕食。読者は、左右の表を家族の前に置きます。通帳と家族の顔を交互に見ていた夜と違うのは、表があることです。
「三か月分を出した。辞めたい」。
Aの人は、この一文のあとに「今週、会社に言う」と続けます。Bの人は、「会社には自分で言えないから、代わりに伝える人に頼む。その前に、話しておきたかった」と続けます。Cの人は、「いまは足りない。◯月まで残って、◯月に言う」と続けます。
どの道でも、三か月分を見たから、ここに着きます。暮らせるかの答えを持たずに切り出そうとしていた夜は、表を作った時点で終わっています。家族に渡すのは、「辞めたい」という気持ちだけではなく、左右の数字と、その先の一文です。