父の店を継ぐ予定の会社員、六年目。父とは継ぐ時期を話し合ってきた。上司に「家業を継ぐので辞めます」と伝えたら、「お父さん元気でしょ」「まだ早い」「うちで経験を積んでからでも」と返され、話は終わらなかった。理由を認めてもらおうとして、父の年齢まで説明してしまった。
この記事を読むと、上司に言われそうな言葉と返す一文を対にして持ち、理由を認めてもらわなくても、退職日を書いた退職届を出せるようになります。対を持って自分で出すのか、退職代行に退職日だけを伝えてもらうのか、父と店に立つ日を決めるまで期限つきで残るのかも、ここで決められます。
父の年齢まで説明してしまった日
上司に「家業を継ぐので」と言った時、上司は理由に返事をしました。「お父さん元気でしょ」。あなたは、理由が弱いと思われたのだと受け取って、父の年齢を言い、店の事情を言い、もっと説明しました。説明すればするほど、話は理由の中身に入り、退職日から遠ざかりました。
ここで止まっている理由は、説明の足りなさではありません。「辞める理由を上司に認めてもらう必要がある」と思っているので、理由への反論が返ってくるたびに、もう一度説明する側に回ってしまうからです。認めてもらう必要がないと分かれば、反論に答えなくてすみます。
この記事では、まず決まりを一行で確かめ、次に上司の言葉と返す一文を対にして5組作り、退職届に退職日だけを書いて出すところまでを進めます。
対の上に置く一行
期間の定めのない雇用(正社員など)では、「各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる」と民法627条1項に書かれていて、申し入れの日から2週間がたつと雇用は終わります。この条文は、申し入れに理由を求めていません。理由は伝えてもかまいませんが、認めてもらうものではありません。
「後任が育つまで」「次の人が来るまで」働く義務を定めた条文も、確認した範囲ではありません。労働局は、「新しい人が見つかるまで待て」と言われても、申し入れから2週間で退職の効力が生じる、と説明しています。
辞める意思は口頭でも伝わります。それでも、いつ申し入れたかで食い違わないよう、退職日を書いた退職届を書面で渡すのがよい、と労働局は勧めています。就業規則に「1か月前までに申し出る」のような決まりがあり、それが常識的な長さなら、合わせておくほうがもめにくい、とも説明されています。
この段で書いた条文と労働局の説明は、2026年10月に確かめたものです。あとで変わることもあります。
この一行を、次の対の上に置きます。「条文は理由を求めていない」。上司の言葉が理由に向かってきても、この一行があれば、理由の説明に戻らずにすみます。
上司の言葉と、返す一文を対にする
この記事の真ん中は、この表です。左に上司に言われそうな言葉、右に返す一文を書き、一組ずつ対にします。左の列は、すでに言われた言葉と、これから言われそうな言葉を合わせて5つです。右の列は例なので、自分の言葉に直してかまいません。ただし、右の列に理由の説明を入れないことだけは守ってください。
| 上司の言葉(左) | 返す一文(右) |
|---|---|
| 「お父さん元気でしょ」 | 「父の体のことは理由ではありません。継ぐ時期は家族で決めました」 |
| 「まだ早い」 | 「時期は家族で決めました。退職日は○月○日です」 |
| 「うちで経験を積んでからでも」 | 「お気持ちはありがたいです。退職日は○月○日です」 |
| 「次の人が育つまで」 | 「引き継ぎの資料は退職日までに作ります。退職日は○月○日です」 |
| 「せめて年度末まで」 | 「退職日は○月○日です。変えません」 |
5組を見ると、右の列はほとんど同じ形をしています。「理由には入らない」と「退職日は○月○日です」の2つだけです。それでいいのです。上司の言葉が5つあっても、返す一文は2種類で足ります。理由に入らず、日付を言う。5組を一度、声に出して読んでおきます。
「店の経営は大丈夫なのか」のように、まだ言われていない言葉を左に足してもかまいません。どれを足しても、右は「家族で決めたことです。退職日は○月○日です」で返せます。
右の列の日付を、退職届に写す
右の列に何度も出てくる「○月○日」は、申し入れから2週間以上あとの日で、就業規則に申し出の期間があればそれに合う日です。その日付を、そのまま退職届に写します。
退職届に要るのは、退職すること、その日付、届けを出す日、所属と名前です。理由は「一身上の都合」と書けば足り、「家業を継ぐため」と書く必要はありません。書けば、退職届を渡した場面で、理由の話がもう一度始まります。
文例はこの形です。
「退職届 このたび、一身上の都合により、○年○月○日をもって退職いたします。○年○月○日 所属 氏名」
5組の対を見ながら、3つの問い
話が終わらない原因を、ここでは3つに分けます。対の表から辞め方を選ぶための分け方で、どこかで決まっている型ではありません。表を手元に置いたまま、次の3つに答えてください。
- 上司に言われた言葉に、返す一文を持っていたか。
- 上司が父や店のことまで口を出し、話すたびに家族の話を掘られて、つらくなっていないか。
- 父との間で、店を引き継ぐ開始の日は決まっているか。
1が「持っていなかった」で、2が「つらくはない」で、3が「決まっている」なら、原因Aです。上司には言える。理由を認めてもらう必要はないと知らなかっただけです。
2が「つらい」で、もう上司と向き合って話したくないなら、原因Bです。上司が父の店や家族のことまで口に出し、話すたびに掘られる。詰まっているのは言葉の持ち方ではなく、上司と向き合う場面そのものです。
3が「決まっていない」なら、原因Cです。父の引退の時期や、仕入れ先への引き継ぎが決まっておらず、始める日がない。退職日の根っこになる日付がないので、上司の「まだ早い」に返せません。
原因A:理由を認めてもらう必要はないと知らなかっただけ
対を持って、退職届を渡す
まず、上の5組の対を、自分の言葉で作ります。右の列に理由の説明を入れないことだけを守ります。
次に、父と話し合った時期から退職日を決め、退職届を書きます。
それから、上司に退職届を渡し、「退職します。退職日は○月○日です。退職届をお持ちしました」とだけ言います。上司が左の列の言葉を言ったら、右の列を返します。
最後まで、家族の話には答えません。父の考えや店の中身を聞かれても、「家族で決めたことです」で止めます。父の年齢も、店の売上も、言いません。言わないのは隠しているからではなく、退職の申し入れに要らないからです。
「店の経営は大丈夫なのか」と踏み込まれたら
心配の形をした言葉なので、答えたくなります。ここで「家族で決めたことです」で止めます。それでも退職日が動かない話が続くなら、総合労働相談コーナー(無料・予約不要)に相談できます。「退職日を書いた退職届を出したが、上司が理由を認めず話が終わらない」と伝えれば足ります。
代行は理由を説明しない。退職日だけを伝える
原因Bの手順に入る前に、代行に何を頼めて、何を頼めないかを確かめておきます。
まず、辞める理由の説明は頼めません。弁護士でない代行が引き受けられるのは、自分で決めた「辞めること」と「退職日」を会社に伝えるところまでです。理由について会社に説明することも、退職日を会社と調整することもできません。残業代や退職金の話も同じで、弁護士でない人がお金を受け取って会社とやりとりすると弁護士法72条の問題になり得る、と弁護士会や労働委員会が注意を促しています。退職日は、頼む前に自分で決めておきます。
自分で伝える場合との違いは、家族の話を掘られずにすむことです。辞める意思は代行が伝えるので、「お父さん元気でしょ」と言われる場面に、自分が立たなくてすみます。その分、費用がかかります。相場は書きません。自分で調べて見た額を、5組の対の紙の下に書いておきます( 円)。
退職が伝わったあとも、受け取る書類、健康保険と年金、会社からの電話への構えは、自分で引き受けます。
代行を頼まないなら、5組の対を持ち、退職届に退職日だけを書いて自分で出すAの道です。この道なら、対の紙一枚のほかに要るものはありません。
原因B:家族の話を掘られてつらく、もう上司と向き合いたくない
理由を言わないと決めてから、頼む
最初に、頼む前に決めることを並べます。退職日。残っている有給を退職日までに使うかどうか。理由は伝えなくてよい、と自分で決めること。会社に預けている私物をどう受け取るか。そして、父に代行を使うことを話すかどうか。
有給は、退職日を過ぎると会社が取る日をずらす余地がないため、辞めるまでに残りを使いたいという申し出には応じることになる、と労働局は説明しています。ただし残り全部を使えると決まっているわけではないので、日数を自分で確かめてから決めます。
決めたら、代行に頼みます。伝えてもらうのは、辞めることと退職日の2つです。理由は伝えなくてよい、と決めたとおりにします。
退職が伝わったら、書類と保険の手続きを進めます。源泉徴収票は退職後1月以内に会社が渡すもので、離職票が会社から出ないときはハローワークに申し出れば本人の請求で手続きが進みます。健康保険と年金は、店で働く形によって入り方が変わるので、くわしくは下の一覧のあとに書きます。
もう一つ、会社からの電話にどう対応するかを決めておきます。出ない、出るが理由は答えない、など、先に決めておけば、電話が鳴った時に迷いません。
会社が「理由を聞きたい」と言ってきたら
代行は、理由の説明も話し合いもしません。それは代行の弱さではなく、頼める範囲がそこまでだからです。だから、自分も答えないと先に決めておきます。会社から直接「理由だけでも」と電話が来ても、「退職日は○月○日です」だけを返すか、出ないかを、頼む前に決めておきます。
原因C:店の側の準備が決まっておらず、始める日がない
店に立つ日から、逆に数える
最初に、父と、引き継ぎの開始の日を決めます。父の引退の時期、仕入れ先への引き継ぎ、店の帳簿や鍵の受け渡し。全部を決めなくてかまいません。「この日から自分が店に立つ」という一日を、父と決めます。
次に、その日を期限にして、退職日を逆に数えます。店に立つ日の前に、引き継ぎで店にいる期間が要るなら、その分も引きます。退職日は、右の列に書く日と同じく、申し入れから2週間以上あとで、就業規則の申し出期間に合う日です。
退職日が決まったら、退職届を出す日を手帳に書きます。退職日から、就業規則の申し出期間(なければ2週間)をさかのぼった日が、出す日です。
そして、上司と父の両方に、退職日を伝えます。上司には退職届で、父には口で。両方が同じ日付を知っている形にします。
父の側の日が延びたら
仕入れ先の都合、父の気持ち、店の改装。延びる理由はいくらでも出てきます。ここで退職日も一緒に動かすと、上司の「まだ早い」に合わせたのと同じになります。「延びても退職日は動かさない」と、父と先に決めておきます。退職日と店に立つ日の間に空いた期間ができたら、その期間は店の手伝いに当てます。空いた期間は、損ではなく、引き継ぎの時間です。
返す一文と「始める日」があるかで、道を選ぶ
| 原因 | 道 | この道を選ぶのは |
|---|---|---|
| A:理由を認めてもらう必要はないと知らなかっただけ | 自分で伝える | 返す一文を持てば上司に言える。父との開始の日は決まっている |
| B:家族の話を掘られてつらく、もう上司と向き合いたくない | 退職代行を使う | 上司と話すたびに家族の話を掘られ、その場面に立てない |
| C:店の側の準備が決まっておらず、始める日がない | 今は残る(期限と条件つき) | 退職日の根っこになる日付がまだない。父と決めれば決まる |
Cを選ぶ時の条件は、父と「店に立つ日」を決めることと、その日から退職日を逆に数えて、退職届を出す日を手帳に書くことの2つです。「父の準備ができたら」は期限ではありません。
いちばん基本になるのは、対を持って自分で退職届を出すAの道で、お金もかかりません。代行は、上司と向き合う場面そのものに立てない人のための道で、家業の準備まで進めてくれるものではありません。
辞めたあとの手続きの一覧
表の期限は、会社を辞めたときの一般的なものです。家業に入る人にそのまま当てはまるかは、表のあとで確かめます。
| やること | どこで | 期限 |
|---|---|---|
| 健康保険の切り替え | 任意継続は加入していた健康保険の窓口、国民健康保険は住んでいる市区町村、扶養は家族の勤め先 | 任意継続は退職日の翌日から20日以内、国民健康保険は14日以内 |
| 年金の切り替え | 次の勤め先の保険にすぐ入らないなら、市区町村の窓口で国民年金へ | 退職日の翌日から14日以内 |
| 源泉徴収票の受け取り | 会社 | 退職後1月以内に会社が渡す |
| 離職票の受け取り | 会社(出ない時はハローワークに申し出る) | 退職後 |
店が社会保険に入っているか、自分が店の従業員として入るのか、店を手伝う家族として入るのか。どれに当たるかで、上の表のどこに入るかが変わります。これは店の形で違い、この記事では決められません。退職日が決まったら、市区町村の窓口と店の側の手続きの両方で、自分がどこに入るかを確かめてください。
今日書くのは、左の列の3つ
原因Aの人は、上司に言われた言葉を3つ、左の列に書き出してください。「お父さん元気でしょ」「まだ早い」「うちで経験を積んでからでも」。書き出したら、右の列を1つずつ埋める。それが今日の一手です。
原因Bの人は、父に「上司とのやりとり」を一度話してください。代行を使うかどうかを決める前に、父が知っている形にします。頼むのは、父と話したあとで間に合います。
原因Cの人は、父と「始める日」を決める会話の日を決めてください。決めるのは日付そのものではなく、日付を決める会話をする日です。
のれんを出す朝
退職日の翌月の朝。父の店の前に立ち、のれんを自分の手で出しています。
5組の対を持って自分で退職届を出した人も、代行に退職日だけを伝えてもらった人も、父と始める日を決めて期限まで働いた人も、向かう先はこの朝です。どの道にも、上司に理由を認めてもらう手順は入っていませんでした。認めてもらわなくても、のれんは出せます。