この記事を読むと、働いた記録・払われた記録・言われた記録を手元に残し、「辞めても給料は払われるのが決まり」と分かったうえで、自分で伝える・退職代行に頼む・次の給料日まで残る、の3つから1つを選べます。払われなかった時に行く窓口も決まります。
「辞めるなら今月分は出さないよ」を、笑えなかった
飲食店で働いて2年目の20代前半。アルバイトから社員になったばかりの人が、閉店後の片づけ中に、店長へ「来月で辞めたい」と切り出しかけました。店長は笑いながら「辞めるなら今月分は出さないよ」と言い、ほかのスタッフも笑いました。本人だけ、笑えませんでした。翌日から、休憩室のシフト表を見るたびに、最後の給料が本当に出るのかを考えている。これがこの記事の読者です。
止まっている理由は、店長の言葉が決まりに反することを知らないからです。「出ないかもしれない」を前提にすると、辞める日が決められません。この記事では、先に決まりを確かめ、次に手元に残すものをそろえ、それから道を選びます。
先に、雇用契約書の「期間」の欄を見る
本文に入る前に、1か所だけ確かめます。社員になった時に受け取った雇用契約書か労働条件通知書の、「契約期間」の欄です。
「期間の定めなし」なら、この記事はそのまま読めます。期間の定めがない雇用では、働く人はいつでも辞めると申し入れることができ、申し入れの日から2週間がたつと雇用は終わります(民法627条1項。2026年10月時点)。
もし、社員になったつもりでも契約書がアルバイトの時のままで、「〇年〇月〇日まで」と期間が書いてあるなら、話が変わります。期間の定めのある雇用で途中で辞められるのは「やむを得ない事由」がある時で(民法628条)、当てはまるかどうかは個別の判断です。その場合は、辞める日を決める前に、総合労働相談コーナーで相談してください。無料で、予約は要りません。給料の決まりについては、期間の定めがあってもなくても同じなので、下は読めます。
3つの箱。働いた記録、払われた記録、言われた記録
手元に残すものを、3つの箱に分けます。箱といっても、スマホの写真フォルダ3つと、手帳の1ページで足ります。
| 箱 | 入れるもの | どこにあるか | 入れた日 |
|---|---|---|---|
| 箱1 働いた記録 | シフト表の写真、タイムカードや打刻画面の写真、自分の手帳に書いた出勤時刻 | 休憩室の壁、打刻の機械、自分の手帳 | |
| 箱2 払われた記録 | 給与明細、振込の画面、雇用契約書の給料の欄 | 明細の控え、スマホの銀行アプリ、契約書 | |
| 箱3 言われた記録 | 「出さない」と言われた日時・場所・誰がいたか | 自分の手帳 |
箱1は、「いつ、何時間働いたか」を自分の側に残すためのものです。シフト表は店のものなので、辞めたあとに見られなくなります。今月と先月の分を、今のうちに写真に撮ります。打刻画面も同じです。
箱2は、「いくら払われてきたか」です。給与明細と振込の画面があれば、今月分が出なかった時に「いつもなら、この日にこの額が入る」と示せます。契約書の給料の欄も撮っておきます。
箱3は、店長の言葉です。言われた日時、場所、その場にいた人を、手帳に1行で書きます。書くのは事実だけで、「ひどい」「腹が立った」のような気持ちは別の行に分けます。窓口で見せる時に、事実の行だけを示せるようにするためです。「〇月〇日 閉店後 厨房 店長 『辞めるなら今月分は出さない』 ほかにAさん、Bさん」。これで足ります。録音は、この記事では勧めません。公的な説明で扱いを確かめられていないからです。手帳の1行で、何を言われたかの記録になります。
辞めることを理由に、給料を払わないことはできない
ここで決まりを確かめます。給料は、通貨で、直接、全額を払わなければなりません(労働基準法24条1項)。辞めたあとに請求すれば、会社は7日以内に払うことになっています(労働基準法23条1項)。「辞めたら罰金」「辞めるなら〇万円引く」のように、損害賠償の額を先に決めておくことは禁止されています(労働基準法16条)。労働局は、「申し出が遅いから給料を払わない」と雇用契約書に書いてあっても無効で、払う義務がある、と説明しています(2026年10月時点)。
一方で、知っておく範囲が2つあります。実際に生じた損害について会社が賠償を求めること自体は、禁止されていません。ただし、その場合でも給料から一方的に引くことはできません。店長の言葉が「冗談」でも「本気」でも、働いた分の給料は払われるのが決まりで、何かを差し引くなら話は別の手続きになります。
払われなかった給料を求める権利には時効があり、当分の間3年です。すぐに動けなくても、記録があれば後から求められます。
法律と制度は2026年10月時点のもので、変わることがあります。
払われなかった時の相談先
給料日に全額が出ていなければ、労働基準監督署に行きます。労働基準法に反していることを直させる役目の役所です。どこに行けばいいか分からなければ、総合労働相談コーナーで相談します。無料で、予約は要らず、法律に反する疑いがあれば労働基準監督署などに取り次いでくれます。
ただし、相談先が会社に代わって給料を取り立ててくれるわけではありません。請求は自分で行います。弁護士に頼む道もあります。相談に行く時は、3つの箱の中身を持って行きます。箱があるかないかで、窓口での話の進み方が変わります。
箱がそろったら、3つの問い
箱がそろったら、3つの問いに答えます。
①3つの箱に、写真と記録が入ったか。
②店長に、辞める日を自分の口で言えるか。言えないのは「出さない」をもう一度言われるのが怖いからか、店長と顔を合わせること自体ができないからか。
③次の給料日に全額が出るかどうかを、まだ確かめていないか。
箱の中身で、原因を3つに分ける
箱の中身と問いの答えで分けるのは、この記事だけの分け方です。だれかを判定するものではなく、給料日までに何をするかを決めるためのものです。
A:店長の言葉は決まりに反すると分かった。記録を残し、伝える相手も店長と決まっている。
B:店長と顔を合わせると言えない。閉店後に二人になる時間が怖く、電話にも出られなくなっている。
C:店長の言葉が冗談かどうか、まだ確かめていない。次の給料日まで日が近い。
問い②で「顔を合わせること自体ができない」ならB。問い③で「確かめていない」で、給料日が近いならC。それ以外はAです。問い②で「もう一度言われるのが怖い」だけなら、Aの「詰まる所と次の手」に返す一文があります。原因1つに道1つ。箱を持って自分で渡す、箱は自分で持って伝えるだけ頼む、給料日まで箱を増やす。転職や資格の話は、この記事に出てきません。
A:箱を持って、自分で渡す
Aの人は、決まりを知り、記録を残しました。残っているのは、辞める日を決めて伝えることです。手順は4つです。
まず、3つの箱をそろえます。次に辞める日を決めます。期間の定めのない雇用なら、申し入れから2週間が法律上の最低線です。就業規則に「1か月前まで」のような常識的な期間が書いてあれば、それに合わせるほうがトラブルが少ないと労働局は説明しています。飲食店ではシフトが先に組まれているので、次のシフトの区切りを辞める日の候補にすると、店長に日付を言いやすくなります。
3つ目に、退職届に日付を書いて店長に渡します。口頭でも退職の意思は伝わりますが、後から「聞いていない」と言われないように、書面で渡します。退職は働く人の側からの意思表示で成り立ち、店長の承認は要りません。渡す時の言葉は短くて構いません。
「〇月〇日で退職します。退職届を持ってきました」
受け取ってもらえなければ、本部があれば本部へ、なければ郵便局から内容証明に配達証明をつけて送ります。内容証明は文書の内容を、配達証明はいつ届いたかを残す手段です。送れば解決するものではなく、出した事実を残すものです。送る前に総合労働相談コーナーで相談しておくと、その後の進め方も聞けます。
4つ目に、辞めたあとの給料日に、明細と振込を確かめます。箱2の記録と並べて、全額かどうかを見ます。
詰まる所と次の手:「今月分は出さない」と、もう一度言われることがあります。返す一文はこれです。
「辞めることを理由に給料を出さないのは、決まりに反すると聞きました」
言い争う必要はありません。この一文を言い、手帳の箱3にもう1行足します。それでも給料日に出ていなければ、3つの箱を持って労働基準監督署へ行きます。
最初の一手:今月のシフト表を、1枚写真に撮ります。
代行は箱3の続きを書けない
Bに進む前に、退職代行を箱に当てはめて見ます。代行が引き受けるのは、箱の外にある「辞める意思を店に伝える」の1つだけです。
弁護士でない事業者が引き受けるのは、本人が決めた退職の意思を会社に伝えることまでです。給料が出なかった時に店と話し合うこと、店長と退職日の条件を交渉することは、法律事務にあたり、弁護士でない者が報酬を得て行うと弁護士法72条の問題になります(2026年10月時点)。この点は弁護士会や労働委員会も注意を呼びかけている所です。つまり、「今月分は出さない」と言われたあとの請求は、代行の仕事ではありません。箱1・箱2を持って窓口に行くのは、読者自身です。
自分で伝えるAとの違いは、店長と顔を合わせない、その1点だけです。給料日に明細を確かめることも、出なかった時に窓口へ行くことも、箱を持ち続けることも、Aと同じです。
Aの道にはお金がかかりません。代行を使うならお金がかかり、額は事業者ごとに違います。この記事に相場は書きません。箱2に給与明細を入れた時と同じ目で、自分で見た額をここに書き込みます。
自分で見た額:( )円
代行を使わずに顔を合わせない方法は、Aに書いた、本部か郵便局から書面を出す方法です。
B:箱は自分で持ち、伝えるだけ頼む
Bの人は、店長と顔を合わせると言えません。閉店後に二人になる時間が怖く、電話にも出られなくなっています。伝える部分だけを人に頼む道があります。
頼む前に決めることは3つです。辞める日。制服や鍵の返し方。3つの箱の記録を自分で持っていること。この3つを紙に書いてから頼みます。
頼んだあとに自分でやることは、給料に関わるものを先に、それ以外をあとに書きます。
給料日に振込を確かめます。箱2の記録と並べます。出ていなければ、3つの箱を持って労働基準監督署か総合労働相談コーナーへ、自分で行きます。代行はここに関われません。
退職届を会社に送ります。代行の案内に従って、自分で送ります。制服や鍵などの貸与品を返します。離職票と源泉徴収票を受け取ります。離職票が届かなければ、ハローワークに申し出れば本人の請求で手続きが進みます。源泉徴収票は、中途退職の場合、退職後1月が交付の期限です(国税庁の案内。2026年10月時点)。
健康保険と年金の切り替えにも期限があります。国民健康保険への加入と国民年金への切り替えは14日以内。今の健康保険を続ける任意継続は、退職日の翌日から数えて20日以内(2026年10月時点)。給料日と並べて、手帳の同じページに書いておきます。
店から直接電話が来ることもあります。代行は「本人への連絡は控えてほしい」と頼めますが、店を縛る決まりはないので、来ないとは言えません。「出ない。用件はメールで返す」と先に決めておきます。
詰まる所と次の手:「代行を使ったから給料は出ない」と店長が言うことがあります。これも、辞めることを理由に給料を払わないのと同じで、決まりに反します。代行は給料の請求を会社と話し合えないので、請求は自分で窓口に行って行います。箱1と箱2があれば、いつ何時間働き、いつもいくら払われていたかを示せます。
最初の一手:「言われた記録」を、手帳に1行書きます。
C:次の給料日まで、箱を増やす
Cの人は、店長の言葉が冗談かどうかを、まだ確かめていません。次の給料日が近いなら、その日を期限にして、今は残ります。残るのは期限と条件つきで、「様子を見る」こととは違います。
手順は4つです。次の給料日を期限にします。給料日が月に1回なら、期限は長くても1か月です。その日まで、3つの箱をそろえ続けます。シフト表は週ごとに撮り、打刻も撮り、言われたことがあれば箱3に足します。給料日に、全額が出たかを明細で確かめます。出ていれば、その翌日に辞める日を伝えます。ここからはAの手順です。出ていなければ、辞める前から決まりに反していることになるので、3つの箱を持って労働基準監督署へ行きます。どちらでも、給料日の翌日にやることは決まっています。
なお、辞める前の給料が全額出たことと、辞めた月の給料が出るかは、別の話です。店長の言葉は辞めた月の給料の話でした。決まりの上ではどちらも払われるものなので、辞めたあとの給料日にも、箱2の記録と並べて明細を確かめます。
詰まる所と次の手:給料日まで、店長に「辞めるの?」と探られることがあります。辞める話はせず、記録だけ続けます。「まだ決めていません」で足ります。シフトを減らされたら、減らされる前と後のシフト表を、両方とも箱1に入れます。減ったことも記録です。
最初の一手:次の給料日を、手帳に書きます。
辞める前の夜、スマホと手帳
辞める前の夜、読者のスマホには、今月と先月のシフト表の写真が残っています。手帳には「言われた日」が1行あります。
Aの手帳には退職届を渡した日が、Bの手帳には代行に頼んだ日が、Cの手帳には次の給料日が、同じページに書いてあります。
3つの手帳は違います。けれど、どの道でも、給料日に明細を見るのは読者自身です。店長の言葉を笑えなかった夜に始めた記録は、その給料日に、手元で確かめるためのものになっています。