店舗で販売の仕事をしている。恋人の町へ引っ越す日が決まり、店長に「辞めます」と伝えた。引っ越しの日も話した。店長は「後任が決まるまで」と言い、次に「セールが終わってから」と言い、三回、退職日を動かした。引っ越しの日は動かないのに、退職日だけが店長の手の中にある。このままだと、引っ越したあとも社員のまま、という形が見えている。
この記事を読むと、引っ越しの日から逆算して退職日と退職届を出す日を決め、書面で出して、動かさないでいられます。そのうえで、自分で店長に出すか、退職代行に頼むか、後任の見込みの日を期限にして残るかを、自分の原因から選べます。
退職日が店長の手の中にある理由
三回動いたのは、店長が強いからではありません。退職日を書いた紙が、まだ一枚もないからです。口で伝えた退職日は、口で動かせます。「後任が決まるまで」「セールが終わってから」は、どちらも日付のない言葉で、日付のない言葉は、何度でも延ばせます。
引っ越しの日は、動きません。部屋の契約も、荷物を運ぶ日も、恋人との約束も、日付で決まっています。動かない日付がすでに一つあるのだから、退職日はそこから逆算して決めればいい。それが、この記事の真ん中の作業です。
一本の線に、6つの日付を書く
紙を横長に使って、一本の線を引きます。右端が引っ越しの日です。そこから左へ、日付を逆算して置いていきます。
今日 ── 退職届を出す日 ── 制服と鍵を返す日 ── 有給の初日 ── 退職日 ── 引っ越しの日
書き込む欄は、この6つです。右から順に埋めます。
| 順 | 線の上に置く日 | 決め方 | 日付 |
|---|---|---|---|
| 1 | 引っ越しの日 | 決まっている日をそのまま書く | ○月○日 |
| 2 | 退職日 | 引っ越しの数日前。荷造りと役所の手続きの日を空ける | ○月○日 |
| 3 | 有給の初日 | 残りの有給を退職日までに使うなら、その初日。残り日数は給与明細や勤怠の画面で確かめ、シフトの出勤日に当てはめて数える | ○月○日 |
| 4 | 制服と鍵を返す日 | 最後に店に出る日。有給の初日の前日が目安 | ○月○日 |
| 5 | 退職届を出す日 | 退職日の2週間前(就業規則に「1か月前まで」のような決まりがあり、それが常識的な長さなら、その期間より前)。ただし4の日より前にする。有給の日取りを同じ書面で出すため | ○月○日 |
| 6 | 今日 | 今日の日付 | ○月○日 |
5の日を書いたら、4の日と比べます。残りの有給が多い人は、ここで順番が逆になることがあります。
たとえば、引っ越しの日が3月31日、退職日が3月28日の人がいるとします。残りの有給をシフトの出勤日に当てはめていくと、初日が3月4日になりました。最後に店に出る日(4の日)は3月3日です。ここで2週間の線だけで5の日を数えると、3月14日になります。3月14日は、最後に店に出る日の11日後です。これでは店に出なくなってから退職届を出すことになり、有給の日取りを同じ書面で出せません。
5の日が4の日より後になるときは、5の日を4の日より前にずらします。この例なら、引き継ぎの紙を渡す日も見込んで、2月27日に出します。2月27日から3月28日までは29日(うるう年なら30日)で、2週間の線も、「1か月前まで」の決まり(この例では2月28日まで)も守れます。
5の日が今日より前になっていたら、出す日は今日にして、線を引き直します。退職日を引っ越しの日に近づける余地があれば寄せ、それでも足りない分は、有給の初日を後ろへずらします。5の日が今日より後なら、その日まで退職届を書いて待ちます。
線の下に、延ばされた三回を書く
線の下に、店長が退職日を動かした回数と、そのときの言葉を書きます。
| 回 | 店長の言葉 | 紙の有無 |
|---|---|---|
| 一回目 | 「後任が決まるまで」 | なし |
| 二回目 | 「セールが終わってから」 | なし |
| 三回目 | 「(そのとき言われた言葉)」 | なし |
三回とも、紙がなかったことが見えます。これが、動いた理由です。四回目が来たときに、この表を見て、「今度は紙がある」と自分で確かめるためのものです。
退職日の決まりと、退職届の書き方
線に置く日付の決まりは、2026年10月時点で確かめたものです。改正などで変わることもあるので、その前提で読んでください。知っておく決まりは三つです。
一つ目は、退職日です。期間の定めのない雇用(正社員など)は、退職を申し入れた日から2週間がたつと雇用は終わります(民法627条1項)。会社の承諾は要りません。労働局は、「新しい人が見つかるまで待て」と言われても2週間で退職の効力が生じる、と説明しています。後任が来るまで働く義務を定めた法律はありません。「後任が決まるまで」は、店長の都合であって、法律上の決まりではありません。
ただし、就業規則に「退職は1か月前までに申し出る」のような決まりがあり、それが常識的な長さなら、まず就業規則に沿って申し出る方がもめにくい、と労働局は説明しています。2週間は法律上の最低の線で、「就業規則は無視してよい」という意味ではありません。反対に、極端に長い期間が無効とされることもありますが、その線は個別に決まります。線の5の日は、就業規則の期間と2週間のうち、長い方で決めます。
二つ目は、線の3の日(有給の初日)を置くための決まりです。3の日は、退職日までに残りの有給を使うなら、その初日です。有給は働く人が請求した時季に与えるのが原則で(労働基準法39条5項)、会社が時季を変えられるのは「事業の正常な運営を妨げる場合」に限られます。辞める人の場合は、退職日より後に時季を変える余地がないので、退職までに残りを使う請求には請求どおり与えなければならない、と労働局は説明しています。辞める前の請求でも、店長の承諾を待つ必要はありません。ただ、会社が店の実情を伝えて理解を求めることまでは否定されていないので、「残りを全部使える」とは言い切りません。3の日を決めたら、5の日に出す退職届に、有給の日取りも書き添えます。引き継ぎをまったくせずに有給に入ると問題が起きることもある、と労働局は注意しているので、4の日までに、売り場の担当や発注の手順をまとめた紙を残します。
三つ目は、出し方です。退職を口で伝えただけでも申し出としては有効ですが、行き違いを防ぐなら書面がよい、というのが労働局や東京都の資料の説明です。店長が退職届を受け取らなくても、退職は本人の一方的な意思表示で有効になり、会社の承認は要りません。
退職届は、次のように書きます。この記事で大事なのは、書類の送り先に新しい町の住所を書くことです。
「退職届 このたび、一身上の都合により、○年○月○日をもって退職いたします。残りの有給休暇は、○月○日から○月○日まで取得します。退職後の書類は、下記の住所へお送りください。 送付先:(新しい町の住所) ○年○月○日 氏名」
店長に出すときに言う一文は、これです。
「この日で退職します。引っ越しの日は動かせません」
受け取らない、と言われたときは、郵便局から送る方法があります。内容証明は「どんな文書を出したか」を、配達証明は「いつ届いたか」を証明するしくみです(郵便法48条・47条)。店長が読んだかどうかや、書いた中身が正しいかまでは証明しません。送れば退職の話が片づく、というものではなく、「聞いていない」と言われないように、出した日付を線の外にも残す手段です。
線が書けたら、3つの問い
線の日付がそろったら、次の3つの問いでA・B・Cに分けます。分け方は、退職日を紙に載せるためにこの記事で決めたもので、ほかに決まった基準があるわけではありません。
問い① 退職日を書いた書面を出したか、口で言っただけか。
口で言っただけなら、まだ退職日は紙の上にありません。
問い② 店長と退職日の話をするたびに動かされ、もう店に行くのが怖いか。
話せば動かされる、と体が覚えていて、店長と退職日の話をすること自体ができないか。
問い③ 店長が言う「後任が決まるまで」の見込みの日は、引っ越しの日より前か。
店長に見込みの日を聞いて、その日が引っ越しの日より前にあるなら、そこまでは残れます。
| 原因 | 当てはまる答え | 道 |
|---|---|---|
| A | ①口で言っただけ ②店長とは話せる | 自分で伝える |
| B | ②話すたびに動かされ、もう退職日の話をしたくない | 退職代行を使う |
| C | ③後任の見込みの日が引っ越しの日より前にある | 今は残る(期限と条件つき) |
問い③から見ていきます。見込みの日が日付で返ってきて、引っ越しの日より前にあり、そこまで残れるならCです。日付がない、または引っ越しの日より後なら、問い②の答えでAかBに分かれます。
原因A:口で伝えただけで、書面を出していない
店長とは話せる。ただ、退職日を書いた紙を出していなかった。それなら、紙を出せば、口で動かせる形ではなくなります。
やることを、順に並べます。
- 線を書く。6つの日付を埋める。
- 退職日を決めて、退職届を書く。有給の日取りと、送り先に新しい町の住所を書く。
- 店長に渡し、一文を言う。「この日で退職します。引っ越しの日は動かせません」。
- 受け取らなければ、内容証明と配達証明で店宛てに送る。
詰まる所は、紙を渡したあとに、四度目の「後任が来るまで」が来たときです。そのときは、申し入れから2週間で雇用は終わると知ったうえで、「退職日は変えません」と返します。理由を足さなくて構いません。線の下の表を思い出してください。前の三回との違いは、今回は紙があることです。
それでも動かない、認めない、と言われたら、総合労働相談コーナーに相談します。無料で予約は要らず、退職に関する相談も受け付けています。「退職届を出したが退職日を認めないと言われた」と、線と退職届の控えを持って行きます。
最初の一手は、線に6つの日付を書くことです。今日、紙一枚で足ります。
代行は日付を伝える。日付を決めるのは自分
店長と顔を合わせずに済ませたい人のために、代行に任せられることと、任せられないことを先に分けておきます。
代行に任せられるのは、自分で決めた退職日を、辞めるという意思と一緒に会社へ届けるところまでです。弁護士でない退職代行は、退職日をいつにするかを店と話し合うことも、有給や給料の条件を詰めることもできません。それは法律の問題を扱うことになり、弁護士でない事業者が報酬を得て行うと弁護士法72条の問題になるからです。弁護士会や労働委員会も、退職代行についてこの線を示しています。会社が「弁護士でなければ扱えない話だ」として業者との連絡を断り、本人が自分で連絡し直すことになった例も、弁護士会の説明にあります。
つまり、「後任が決まるまで」と言われたときに、代行が店長と日付を相談してくれる、という形にはなりません。線の2の日は、頼む前に自分で決めておきます。
自分で伝える場合と変わるのは、店長と顔を合わせずに済むことだけです。線を書くのも、制服と鍵を返すのも、新しい町での手続きも、自分でやります。
使わない場合は、退職日を書いた退職届を自分で出し、受け取られなければ内容証明と配達証明で送ります。お金をかけずに進められる基本の道は、こちらです。代行の費用の相場は書きません。自分で見た額を書き入れてください。( 円)。その額と「店長と顔を合わせずに済む」ことを並べて決めます。
原因B:話すたびに動かされ、もう店長と退職日の話をしたくない
三回動かされて、店長と退職日の話をすること自体が、できなくなっている。店に入ると言い返せない、と自分で分かっている。それなら、線の日付だけを会社に届ける道です。
頼む前に、線から4つを書き写します。線の日付が、そのまま答えになります。
| 決めること | 書く欄 |
|---|---|
| 退職日 | 線の2の日:○月○日 |
| 有給の初日 | 線の3の日:○月○日(使わないなら「なし」) |
| 制服と鍵の返し方 | 最後の出勤日に返す/郵便局から送る |
| 書類の送り先 | 新しい町の住所 |
代行に渡すのは、線の2の日(退職日)と、辞めるという意思だけです。
頼んだあとは、引っ越し先での手続きも含めて、次を自分でやります。新しい町の窓口ですることが多いので、引っ越しの荷物とは別に、手続きの書類をまとめておきます。
- 新しい町の市区町村の窓口で、国民年金に切り替える。20歳以上60歳未満で次の勤め先にすぐ入らない人は、退職日の翌日から14日以内です。
- 同じ窓口で、国民健康保険に入る。退職後14日以内です。任意継続にするなら退職日の翌日から20日以内に申し出、家族の扶養に入るなら家族の勤め先に確かめます。健康保険は、この3つから1つを選びます。
- 離職票と源泉徴収票を、新しい町の住所で受け取る。送り先は退職届に書いてあります。会社が離職票の手続きをしないときは、本人がハローワークに申し出れば手続きが進みます。源泉徴収票は、中途退職なら「退職後1月」が交付の期限だと国税庁は案内しています。
- 制服と鍵を返す。線の4の日に店で返すか、郵便局から送る。
- 店からの電話にどうするかを決める。代行から「本人への連絡は控えてほしい」と伝えてもらえても、店がそれに従う決まりはないので、電話が来ることはあり得ます。引っ越しの準備のあいだ、出るか出ないかを先に決めておきます。
詰まる所は、会社が「退職日をずらしてほしい」と代行に言うときです。代行は日付の話し合いができません。ここで決めるのは自分です。線の退職日を動かさない、と先に決めておき、会社から直接聞かれたら「退職日は変えません」とだけ答えます。認めないと言われ続けるなら、本人が総合労働相談コーナーに聞きます。
最初の一手は、制服と鍵を返す日を線に書くことです。その日が決まると、最後に店に出る日が決まります。
原因C:後任の見込みの日が、引っ越しの日より前にある
店長の「後任が決まるまで」に、見込みの日があり、それが引っ越しの日より前なら、そこまでは残れます。この場合は、その日を退職日にして、今、紙を出します。
流れは、次の4つです。
- 店長に、後任の見込みの日を聞く。「後任は、いつごろ決まる見込みですか」。
- その日を退職日にした退職届を、今日か明日、出す。線の2の日を、見込みの日に置き換えます。5の日と4の日の順番も、もう一度確かめます。
- 渡すときに言う一文はこれです。「この日を退職日にします。これより後には動かしません」。
- 引っ越しの日まで、線のとおりに働く。
詰まる所は、後任が決まらないまま、日が近づくときです。退職日は、書面に書いた日付のままです。店長からまた延ばす話が出ても、紙の日付は書き換えません。できる範囲で引き継ぎの資料(売り場の担当、発注の手順、鍵の場所)を残して、線どおりに辞めます。引き継ぎをする義務を定めた法律は見当たりませんが、2週間の予告を守って、できる範囲の資料を残すのが、もめにくくするための現実的な線です。
残るあいだに、紙の日付を店長が忘れないよう、退職届の控えは手元に置いておきます。
最初の一手は、店長に後任の見込みの日を聞くことです。答えが日付で返ってこなければ、Cではなく、AかBに戻ります。
引っ越しの朝
Aの人は、退職届を自分で渡し、「引っ越しの日は動かせません」と言って、線のとおりに最後の日まで働きました。
Bの人は、店長と向き合わずに退職日を伝え、制服と鍵を返して、線のとおりに最後の日を迎えました。
Cの人は、後任の見込みの日を退職日にした紙を出し、引っ越しの日まで売り場に立ちました。
どの道でも、引っ越しの朝は同じです。恋人の町へ向かう電車の中で、退職日が昨日だったことを思い出す。線の右端に向かって、紙に書いた退職日のまま、ここまで来ました。もう社員ではない自分に、電車の中で気づいています。