この記事を読むと、引き止めに負けて残った一か月に出ていったものを数字にして、三度目は「自分で言う」「顔を合わせずに伝える」「条件を確かめる期限を切って残る」のどれかを決められます。代行の料金は、この記事には書いていません。自分で見た額を、自分の数字の横に置きます。
閉じた画面を、もう一度開いた
事務職の正社員の話です。辞めると、二度言いました。
一度目。上司に「辞めたい」と言ったら、「あと一か月だけ」と言われて残りました。二か月後、もう一度言いました。今度は「担当を変えるから」と言われました。二度目に約束されたのは、担当の変更でした。それで、また残りました。
そのあと、退職代行の料金を見ました。「高い」と思って、画面を閉じました。
けれど、負けて残った二か月に何があったかを思い出したら、閉じた画面をもう一度開いていました。
止まっている所は、料金が高いか安いかより、比べる相手のほうにあります。料金を見たとき、頭の中で比べていたのは「お金のかからない、自分で言う」でした。でも、自分で言う道は、すでに二度やって、二度負けています。本当に比べる相手は、「自分で言う」ではなく、「負けて残る一か月の値段」です。それを、まだ数字にしていません。
面談で手がふるえる人は、数える前に
面談の前の晩に眠れない、面談の部屋で手がふるえる。そういう体の変化が続いているなら、紙に数字を書くより先に、医療機関で診てもらってください。数字を書く紙は、診てもらうことの代わりにはなりません。
引き止めそのものを、決まりの面から聞きたいときは、総合労働相談コーナーがあります。厚生労働省が各都道府県労働局や労働基準監督署の中などに置いている窓口で、費用はかからず、予約も要りません。会社に何かをさせる所ではありませんが、「二度の引き止めは、決まりの上ではどうなるか」を、三度目の面談の前に聞けます。
誰かに今の気持ちを話したいときは、厚生労働省の事業「こころの耳」に、働く人向けの電話・SNS・メールの相談があります。ここに書いた窓口は、2026年10月時点の案内です。
一枚目の紙:残った一か月に、出ていったもの
紙を一枚用意します。負けて残った一か月に出ていったものを、欄に書きます。金額にできるものと、できないものを分けます。
| 欄 | 書くこと | 数字 | 金額にできるか |
|---|---|---|---|
| 面談の回数 | 残った一か月に、上司と「辞める・辞めない」の話をした回数 | ( )回 | できない |
| 休みの日に会社のことを考えた時間 | 休みの日に、面談や引き止めのことを考えていた時間の合計 | ( )時間 | できない |
| 眠れなかった夜 | 面談の前後で眠れなかった夜の数 | ( )夜 | できない |
| 次の仕事の開始が遅れた月数 | 一度目に辞めていたら始められた仕事が、何か月遅れたか | ( )か月 | できる(下の式) |
| 約束された条件のうち、変わったもの | 二度目に約束された条件(担当・給料など)のうち、実際に変わったもの | ( ) | 条件による |
| 約束された条件のうち、変わらなかったもの | 約束されたのに、変わらなかったもの | ( ) | 条件による |
金額にできる欄は、式で出します。
次の仕事の月の手取りの見込み − 今の月の手取り = 一か月の差額
一か月の差額 × 遅れた月数 = 遅れた分の額
差額がマイナス(次の仕事のほうが手取りが少ない)なら、遅れた月に取りこぼした手取りはないので、遅れた分の額は0円と書きます。
次の仕事がまだ決まっていない人は、この式は「不明」と書きます。0にはしません。「不明」の欄が残っていても、金額にできない欄は埋まります。面談の回数と眠れなかった夜は、次の仕事が決まっていなくても数えられます。
金額にできない欄は、金額にしません。「面談一回いくら」と値段をつけると、作った数字になります。回数と時間と夜の数を、そのまま並べます。並べた横に、自分で見た代行の料金を書く欄を一行足します。
自分で見た額:( )円
この記事は、料金の数字を書きません。この欄を埋めるのは、自分です。
二枚目の紙:二度負けた面談の記録
もう一つの紙に、二度の面談の記録を書きます。言われた言葉と、そのとき返せなかった一文を、一組ずつです。
| 回 | 言われた言葉 | そのとき返せなかった一文 |
|---|---|---|
| 一度目 | 「あと一か月だけ」 | ( ) |
| 二度目 | 「担当を変えるから」 | ( ) |
右の欄は、今、書きます。面談のときには出てこなかった一文を、面談のあとに書くのが、この表の使い方です。「最終日は◯日です」「担当が変わっても、辞める日は変わりません」。何でもかまいません。二回分の右の欄が埋まったら、三度目の面談に持っていく一文は、そこから選びます。
料金の横に置く「効果」と、料金で頼めること
退職代行の費用について、労働委員会はこう説明しています。働く人が自分で手続きすればかからなかった費用が発生するので、代行の利用は、費用対効果を踏まえて判断することが重要だ、と。
「費用」は、自分で見た料金の額です。「効果」は、この説明の中には書いてありません。効果の中身を自分の数字で埋めるのが、この記事です。一枚目の紙の、面談の回数、眠れなかった夜、遅れた月数、変わらなかった条件。それが、料金の横に置く「効果」の側の数字です。
ただし、料金で頼める範囲は狭いことも、同じ紙の横に置いておきます。弁護士でない退職代行が引き受けられるのは、本人が決めた退職の意思を会社に伝える所までです。約束された条件や退職日を会社と話し合うことは、弁護士でない人が報酬を受けて行うと弁護士法72条の問題になると、弁護士会や労働委員会が注意を呼びかけています。つまり、料金を払っても、「担当を変えるから」の約束が守られるかどうかは、代行には扱えません。料金で頼めるのは、辞める意思と最終日を会社に伝える役だけです。それで話が終わるとは限らず、会社から本人に電話が来ることはあります。そのときの返し方は、原因Bに書きます。
辞める日の決まりも一つ書いておきます。正社員など期間の定めのない雇用では、辞めると申し入れた日から2週間がたつと、雇用は終わります(民法627条1項。契約期間のある人は民法628条の別の決まりです)。退職は、会社の承認がなくても、働く人の一方的な意思表示で有効になります。就業規則に「1か月前までに申し出る」のような期間があり、それが常識的な長さなら、それに合わせるほうがトラブルが少ない、というのが労働局の説明です。この節の法律の話は2026年10月時点の内容で、この先変わる場合があります。
二枚の紙を見て、原因を決める
二枚の紙を並べたら、三つの問いに答えます。二枚の紙からの分け方は、この記事での整理にすぎず、診断ではありません。
問い① 二度負けたのは、返す一文と退職日を持たずに面談に入ったからか。
問い② 三度目も同じ上司と同じ部屋では、何を持っていても押し切られると分かっているか。
問い③ 二度目に約束された条件のうち、実際に変わったものはあるか。
問い③が「ある」で、残りの条件が守られるか見たいなら、原因C。問い①が「そうだ」で、問い②が「持っていれば言える」なら、原因A。問い②が「何を持っていても押し切られる」なら、原因B。
原因A:負けたのは、退職日と返す一文を持たずに面談に入ったから。持てば、自分で言える。費用は要らない。
原因B:三度目も、同じ上司と同じ部屋では押し切られる。顔を合わせずに伝えたい。
原因C:二度目に約束された条件が、一部は変わった。守られるかを確かめる期限を切って、残る。
原因A:日付と一文を持って、三度目に入る
三度目も、自分の口で言う道です。払うものはありません。
この記事の整理では、原因Aの人が二度負けたのは、話し方ではなく持ち物の差です。一度目も二度目も、退職日を書いた紙と、返す一文を持たずに部屋に入りました。三度目は、持って入ります。
手順は五つです。
一つ目。面談の記録を書きます。二枚目の紙です。右の欄を埋めます。
二つ目。最終日を決めます。退職届を出す日から2週間以上あとの日で、就業規則に期間があればそれに合わせた日です。
三つ目。退職届に、その日付を書きます。文面は短くてかまいません。例として、「◯年◯月◯日をもって退職いたします」と書き、その下に書いた日と名前を入れます。決まった様式ではなく、この記事での例です。
四つ目。返す一文を決めます。面談の記録の右の欄から、一つ選びます。
五つ目。退職届を手渡し、面談は「日付は変わりません」で終えます。「あと一か月だけ」にも、「担当を変えるから」にも、同じ一文で返します。
「最終日は◯日です。日付は変わりません」
一度目と二度目の面談と、三度目の面談の違いは、この紙と一文があることです。言われた言葉は同じでも、返すものが変わります。
詰まる所は、「三度目も同じだろう」と言われる所です。上司がそう言うこともあるし、自分でそう思うこともあります。過去二回と三度目の違いは、書面の有無です。退職届を出したことを、自分の手元にも残します。出した日付と、誰に渡したかを書き留めます。受け取ってもらえなければ、同じ文面を郵便で送ります。郵便局の内容証明と配達証明で送れば、出した事実と文書の内容、届いた日付が手元に残ります。退職の意思表示は、相手に届いた時点で効力が生じます(民法97条)。会社の承認は、要りません。
料金で頼めること、頼めないこと
原因Bに進む前に、払った料金で何が手に入り、何が手に入らないかを、一枚目の紙の言葉で並べておきます。
| 一枚目の紙の欄 | 代行に頼むと | 理由 |
|---|---|---|
| 面談の回数 | 会社に伝える役は代わってもらえる。それでも本人に電話が来ることはある | 代行は意思を伝える役。本人への連絡を止める決まりはなく、会社が業者とのやりとりを断り、本人が自分で連絡し直す必要が出る例も弁護士会が挙げている |
| 約束された条件 | 扱えない | 条件の話し合いは弁護士でない代行にはできない |
| 遅れた月数 | 最終日は自分で決める | 退職日の話し合いもできない。決めた日付がそのまま伝わる |
自分で伝える場合と違うのは、上司と顔を合わせるかどうかと、自分で見た額の費用がかかるかどうかの二つです。二度負けた人にも、原因Aの道は閉じていません。自分で伝える道には、この費用はかかりません。
頼まない場合の代わりは、退職届を郵便で送る方法です。原因Aの詰まる所に書いた内容証明と配達証明で、顔を合わせずに意思を届けられます。この方法なら、料金の欄は郵便の代金だけで済みます。
原因B:数えてから、頼む
三度目の話を部屋でしない道です。同じ上司と同じ部屋では押し切られると分かっていて、顔を合わせずに伝えたい。この二つがそろったときだけ選びます。
頼む前に、紙にそろえておくものは四つです。
| 頼む前にそろえるもの | どこに書くか | 中身 |
|---|---|---|
| 最終日 | 退職届 | 退職届を出す日から2週間以上あとで、就業規則の期間に合わせた日。代行は日付を調整できないので、この日付がそのまま会社に届く |
| 退職届 | 封筒に入れておく | 原因Aの一行。伝えてもらったあと、自分でも郵便で送る |
| 「一か月の値段」 | 一枚目の紙 | 料金の横に、面談の回数・眠れなかった夜・遅れた月数が並んでいる状態 |
| 引き継ぎ資料 | 置き場所のメモ | 置き場所を一つ決めておく |
この四つが紙にそろってから、申し込みの画面を開きます。
数字を見ずに開くと、「高い」で閉じるか、「もう何でもいい」で払うかの、どちらかになりやすくなります。
頼んだあと、この記事の人がいちばん気をつけるのは、電話で三度目の面談をしないことです。会社が「本人と直接話したい」と言ってくることがあります。代わりの人から「本人への連絡は控えてほしい」と伝えてもらうことはできますが、それは頼みごとで、会社を縛る決まりではありません。電話が来たら、口で話し込まず、書面で返します。
「最終日は◯日です。ご連絡は書面でお願いします」
部屋での三度目を避けるために頼んだのに、電話で三度目をしてしまっては、数えた意味が薄れます。
ほかに自分でやるのは、退職届を自分でも郵便で送ること、会社の物を返して離職票・源泉徴収票などを受け取ること、次の仕事までに空白があれば健康保険と年金を切り替えることです。手続きの期限は短く、国民健康保険と国民年金は市区町村の窓口で、任意継続(今の健康保険を続ける形)は今の健康保険の運営者で確かめます。
原因C:条件を確かめる期限を切って、残る
残る道ですが、残る長さは自分の気分ではなく、約束のほうが決めます。
二度目に約束された条件のうち、一部は実際に変わった。担当が変わった、席が変わった。残りの約束が守られるかを見たい。この人は、期限を切って残ります。期限のない「もう少し様子を見る」は、三度目の「あと一か月」と同じです。
手順は四つです。
一つ目。約束された条件を、一つずつ書きます。「担当を◯◯に変える」のように、言われた形のまま書き、言われた日付も添えます。
二つ目。確かめる日を、期限にします。給料の約束なら、次の給与明細の日。担当の約束なら、担当が変わると言われた日。期限は、自分で決めるのではなく、約束のほうが決めます。
三つ目。その日まで残ります。
四つ目。期限の日に、条件を見ます。守られていれば、残る理由があります。守られていなければ、その日に退職届を出します。文面と日付は、原因Aと同じです。期限の日に出せるように、退職届は先に作っておきます。
約束された条件が守られないときの法律上の扱いは、この記事では決めません。総合労働相談コーナーで、「口で約束された条件が守られないとき、決まりではどうなるか」を聞けます。
詰まる所は、期限の日に「もう少し待って」と言われる所です。三度目の「あと一か月」には、乗りません。期限を延ばさず、退職届を出します。
「◯日に確かめると決めていました。守られていないので、退職届を出します。最終日は◯日です」
期限を延ばした時点で、原因Cは原因Cでなくなります。残る条件は、期限が一つだけあることです。
今日、欄を一つ埋める
二枚の紙を全部埋めなくてかまいません。今日は一つです。
原因Aの人は、二度の面談で言われた言葉を、一つ書きます。「あと一か月だけ」でも「担当を変えるから」でも、どちらか一つです。右の欄を埋めるのは、その先です。
原因Bの人は、「一か月の値段」の欄を、一つ埋めます。面談の回数でも、眠れなかった夜でも、数えやすいものからです。頼むのは、欄が埋まってからです。
原因Cの人は、約束された条件を、一つ書きます。期限を決めるのは、その先です。
数えてから、決めた
この記事の終わりは、「あと一か月の値段」の欄を埋め終えて、三度目の答えを出している所です。
原因Aの人は、退職届に日付を書いています。三度目は、紙と一文を持って部屋に入ります。原因Bの人は、申し込みの前に、自分の数字をもう一度見ています。料金の横に、面談の回数と眠れなかった夜があります。原因Cの人は、期限の日を手帳に書いています。その日まで残り、その日に見ます。
三つの道は、違う所に向かいます。けれど、ここに着いた理由は同じです。数えてから、決めたからです。「高い」で閉じた画面を、「高い」でまた閉じたのでも、「もう何でもいい」で開いたのでもありません。負けて残った一か月に出ていったものを数えて、その数字を見てから、決めました。