この記事を読むと、次の会社の初日から今日まで戻る一本の線に、最終日・退職届を出す日・就業規則の期間・法律の2週間を置いて、退職届に書く日付と、「あと一か月」に返す一文を決められます。線の引き方は正社員など期間の定めのない雇用の人向けで、契約社員など期間の定めがある人は辞めるときの決まりが別(民法628条)です。
口で言った。日付は、まだどこにもない
勤めて十二年の正社員の話です。次の会社の初日は、五週間後に決まっています。動かせません。
上司には「辞めたい」と口で伝えました。上司は「あと一か月いてくれ」と言いました。翌週、もう一度話に行くと、また「あと一か月」でした。先週の一か月と今週の一か月は、同じ長さのまま、終わりの日だけが一週間ずれています。
退職届は、まだ出していません。次の会社の初日は決まっているのに、今の会社の最終日だけが決まっていません。
止まっているのは、「あと一か月」を断る根拠が、自分の口約束しかないからです。口で言った「辞めたい」には日付がありません。日付のない申し出に「あと一か月」を重ねられると、どこからどこまでが一か月なのかを、自分でも示せません。断るには、日付を書いた紙が要ります。
毎日呼び出されて眠れない人は、線より先に
毎日のように呼び出されて、夜に眠れなくなっている人は、線を引くのはあとでかまいません。先に、話せる所を一つ持っておいてください。
厚生労働省の事業「こころの耳」には、働く人向けの電話・SNS・メールの相談があります。引き止めや退職の申し出そのものは、総合労働相談コーナーで聞けます。厚生労働省が各都道府県労働局や労働基準監督署の中などに置いている窓口で、費用はかからず、予約も要りません(どちらも2026年10月時点の案内です)。会社に何かをさせる所ではなく、案内と助言の窓口ですが、「毎週の『あと一か月』は、決まりの上ではどうなるか」を、上司と話す前に聞いておけます。
眠れない、体に不調が出ている、というときは、医療機関で診てもらってください。この記事は、その代わりにはなりません。
一本の線に、五つを置く
紙に、横に一本の線を引きます。右の端が、次の会社の初日。左の端が、今日。この間に、五つを置いていきます。
| 線に置くもの | 日付 | 書き方 |
|---|---|---|
| 次の会社の初日 | ( 月 日) | 右の端。動かない |
| 最終日の上限 | ( 月 日) | 次の初日の前日。ここより右に最終日は置けない |
| 就業規則の申し出期間 | ( か月前/ 日前) | 「退職」の項目に書いてある期間。ないなら「なし」 |
| 法律の2週間 | 申し出から( 月 日) | 退職届を出す日から数えて2週間後 |
| 今日 | ( 月 日) | 左の端 |
就業規則の申し出期間は、人事に「退職の申し出の期間は、就業規則のどこに書いてありますか」と聞いて確かめます。見つからなければ、その行は「なし」と書きます。
線の目盛りになる決まりを書いておきます。期間の定めのない雇用では、辞めると申し入れた日から2週間がたつと、雇用は終わります(民法627条1項)。退職は働く人の一方的な意思表示で有効になり、会社の承認はいらない、と労働局は説明しています。ただ、2週間は法律上の最低線です。就業規則に「1か月前までに申し出る」のような期間があり、それが常識的な長さなら、それに合わせて申し出るほうがトラブルが少ない、というのも労働局の説明です。極端に長い期間は無効とされる場合がある、とも説明されていますが、どこからが極端かは個別の判断なので、この記事では決めません。給与の決め方によっては、2週間より長くなる場合もあります。この線の目盛りは2026年10月時点の決まりで、変わることがあります。
もう一つ。「新しい人が見つかるまで待て」「後任が来るまで」と言われても、後任が来るまで働く義務を定めた法律はありません。申し入れから2週間で退職の効力は生じる、と労働局は説明しています。引き継ぎは、その2週間と就業規則の期間の中で、できる範囲の資料を残すのが、揉めにくい現実的な線です。
線を見て、最初に確かめること
線に五つを置いたら、最初に見るのは、就業規則の期間が、今日から次の初日の前日までの五週間の中に収まるかです。
退職届を出す日から就業規則の期間を数えて、その終わりの日が、最終日の上限より左にあるなら、収まっています。右に出るなら、収まっていません。期間が「なし」なら、2週間の線だけを見ます。
上司の「あと一か月」も、同じ線に置いてみてください。就業規則の期間の内側にある一か月なら、それは引き止めではなく、決まりの期間です。期間の外に出る一か月、あるいは先週から一週間ずれて毎週出てくる一か月なら、それは決まりではなく、上司の希望です。
線に置いた日付で、原因を分ける
線ができたら、その線を見ながら、三つの問いに答えます。三つに分けるのは、線を使って動くための、この記事での整理です。人を見立てるものではありません。
問い① 退職日を書いた退職届を出したか。それとも、口で言っただけか。
問い② 日付を書いて出しても上司が受け取らず、そのたびに呼び出され、顔を合わせると押し切られるか。
問い③ 線に置いたら、就業規則の申し出期間は、五週間の中に収まるか。
問い③が「収まる」で、期間がまだ終わっていないなら、原因C。問い①が「口で言っただけ」で、問い③が「収まらない」か「期間がない」なら、原因A。問い①で退職届を出したのに、問い②が「受け取らず、押し切られる」なら、原因B。
| 原因 | 線の上で起きていること |
|---|---|
| A | 線に日付が一つもない。口で言っただけで、日付を書いた退職届を出していない。出せば、自分で断れる |
| B | 日付は書いて出した。けれど受け取られず、毎日呼び出されて延ばされる。これ以上顔を合わせると、押し切られる |
| C | 就業規則の申し出期間の終わりが、まだ線の先にある。その期間は残り、その先は延ばさない |
原因A:日付を書いた紙を、自分で渡す
線にまだ日付がない原因Aの人は、退職届を自分で渡します。お金はかかりません。手順は四つです。
一つ目。線を書きます。上の表のとおりです。
二つ目。最終日を決めます。就業規則の期間が五週間に収まらない人は、最終日の上限、つまり次の初日の前日を最終日にします。期間が「なし」の人は、退職届を出す日から2週間以上あとの日で、次の初日の前日までの日を選びます。引き継ぎの日数を取れるなら、2週間より長く取るほうが、揉めにくくなります。
三つ目。退職届に、その日付を書いて、手渡します。文面は短くてかまいません。たとえば「◯年◯月◯日をもって退職いたします」の一行に、書いた日の日付と名前を添えます。これは一つの例で、決まった書き方があるわけではありません。口で言ったときとの違いは、この紙に日付があることです。
四つ目。「あと一か月」と言われたら、日付と引き継ぎ資料で返します。
「最終日は◯日です。引き継ぎ資料は◯日までに置きます」
◯には、線に置いた日付を入れます。一つ目の◯は最終日、二つ目の◯は最終日より前の日です。この一文には、「あと一か月」に対する「はい」も「いいえ」も入っていません。日付だけがあります。上司が一か月を繰り返しても、返す日付は変わりません。
就業規則の期間を全部は守れない人は、「就業規則の期間より短いのは承知しています。次の初日が動かせないので、最終日は◯日です。その日までに引き継ぎ資料を置きます」と、短い理由を一つだけ添えます。理由は一つで足ります。二つ三つ並べると、一つずつ返されやすくなります。
詰まる所は、退職届を受け取ってもらえない所です。「今は受け取れない」と言われたり、机に戻されたりしたときは、同じ文面を郵便で送ります。郵便局の内容証明と配達証明を使うと、「出した事実と、文書の内容と、届いた日付」が残ります。内容証明は文書の内容を、配達証明は配達した事実を証明する仕組みで(郵便法48条・47条)、相手が読んだことや、内容が正しいことを証明するものではありません。内容証明には、内容の文書1通と、文書の写し2通(謄本)が要り、出せる郵便局が限られます。あとで「聞いていない」と言われるおそれがあるときは、内容証明で出す方法もある、と労働局が案内しています。退職の意思表示は、相手に届いたときから効力が生じます(民法97条)。ただし、送れば片づくものではありません。送ったあとも、会社からの連絡には、書面で返します。
代わりに伝えてもらう前に:日付は、自分の線から出す
原因Bの道では、退職代行が出てきます。線のどこまでを任せられて、どこからが自分の仕事かを、先に分けておきます。
弁護士でない退職代行が引き受けられるのは、本人が線の上で決めた退職の意思と最終日を、会社に伝える所までです。「◯日で退職します」は伝えられても、「◯日と△日のどちらがいいか」を会社と話し合うことはできません。弁護士でない人が報酬を受けて退職日や条件の話し合いをすると、弁護士法72条の問題になる、と弁護士会や労働委員会が注意を呼びかけています。線に置く日付は、頼む前に自分で決めておくしかありません。
自分で伝える場合と違うのは、上司と顔を合わせるかどうかの一点です。日付を決めるのも、引き継ぎ資料を置くのも、書類を受け取るのも、どちらの道でも自分の手でやります。
費用がかかります。額はこの記事には書きません。自分で見た額を、線の下に書いておきます。
自分で見た額:( )円
自分で退職届を渡す道なら、この欄は要りません。
頼まない場合の代わりは、原因Aの詰まる所に書いた郵便です。内容証明と配達証明で送れば、上司の顔を見ずに、日付を会社に届けられます。顔を合わせずに日付を伝える手段は、代行だけではありません。
原因B:日付は自分で決め、伝えるのは任せる
日付を書いて出しても受け取られず、顔を合わせるたびに押し切られる。この二つがそろった原因Bの人は、退職代行に日付を伝えてもらう道を選べます。
頼む前に、紙の上で決めておくものが三つあります。
まず、最終日。線の上限、つまり次の初日の前日か、それより前の日で、退職届を出す日から2週間以上あとの日です。代わりに伝える人は日付を会社と調整できないので、線に置いた日付が、そのまま会社に届きます。
次に、退職届そのもの。原因Aで書いた一行で足ります。伝えてもらったあと、同じ紙を自分でも郵便で送るので、封筒まで先に用意しておきます。
最後に、引き継ぎ資料の置き場所。机の引き出し、共有の棚、社内のどこか。「引き継ぎ資料は(場所)に置きました」と伝えてもらえるように、場所を一つ決めます。
頼んだあとに自分でやることで、この記事の人にいちばん関わるのは、最終日と次の初日の間です。空白の日が一日でもあれば、健康保険と年金の手続きが要ることがあり、期限があります。国民健康保険と国民年金は市区町村の窓口、今の健康保険を続ける任意継続は今の健康保険の運営者で確かめます。空白がなければ、次の会社での手続きだけです。
そのほかは、退職届を自分でも郵便で送ること、会社の物を返して自分の物と離職票・源泉徴収票などを受け取ること、会社からの連絡に書面で返すこと、の三つです。代わりの人から「本人への連絡は控えてほしい」と頼んでもらうことはできますが、それは頼みごとで、会社を縛る決まりではありません。電話が来ることはあります。来たら、「最終日は◯日です。書面でお願いします」とだけ返します。
詰まる所は、会社が「その退職日は認めない」と言う所です。退職日の話し合いは、代行にはできません。ここからは、自分で動きます。総合労働相談コーナーに相談し、「申し入れから2週間で雇用は終わる決まりと、就業規則の期間との関係」を聞いたうえで、自分で書面で日付を伝えます。文面は、原因Aの一行と同じです。会社の承認がなくても、申し入れが届けば効力は生じる、というのが労働局の説明です。
原因C:期間の終わりまで残り、その先は延ばさない
原因Cの人は残ります。ただ、残るのは就業規則の期間の終わりの日までで、その先の一日はありません。
線に置いたら、就業規則の申し出期間が、五週間の中に収まっていた。その期間はまだ終わっていない。上司の「あと一か月」が期間の内側にあるなら、それは引き止めではなく、決まりの期間です。
手順は四つです。
一つ目。就業規則の期間を確かめ、書き写します。「退職の申し出は( )前まで」。
二つ目。退職届を出す日から期間を数えて、終わりの日を出します。その日を最終日として、退職届に書いて出します。口で言った日から数えたいところですが、口だけだと「いつ言ったか」で食い違うことがあるので、退職届を出す日から数えるほうが、食い違いが起きにくくなります。
三つ目。引き継ぎ資料を作りながら、その日まで残ります。
四つ目。期間の終わりの日に、帰ります。
詰まる所は、期間の途中で「もう一か月」と言われる所です。就業規則の期間を守って残っている人に、期間を越えた一か月は、決まりではありません。書面で返します。
「就業規則の期間どおり、◯日までです。引き継ぎ資料は◯日までに置きます」
口で返すと、翌週また一か月が来ることがあります。紙で返すと、紙が残ります。これ以上は延ばさない、というのが、残る条件です。期間の終わりの日が、次の初日の前日より前にあるなら、その間の空白の日は、休みです。
今日、線に一つ書く
線の上で、今日できるのは一つだけです。
原因Aの人は、次の初日から逆算して、最終日を線に書きます。退職届を書くのも、渡すのも、その先です。
原因Bの人は、退職届の日付を一つ書きます。頼むのは、その日付を見てからです。
原因Cの人は、就業規則の申し出期間を書き写します。「退職の申し出は( )前まで」。この一行があれば、「もう一か月」に返す紙が書けます。
新しい机の、初日の朝
この記事の終わりは、新しい会社の席です。
原因Aの人は、日付を書いた退職届を自分で渡し、「あと一か月」に日付で返して、自分で決めた最終日に前の会社を終えました。原因Bの人は、日付を自分で決め、伝えるのを任せ、同じ日付で終えました。原因Cの人は、就業規則の期間の終わりの日に帰り、その先の一か月には乗りませんでした。
三つの道は、違う日に前の会社を出ています。けれど、着く朝は同じです。次の初日は、五週間前に決まった日のままです。動いたのは、最終日のほうでした。線の上で、自分が置いた日付です。
今朝は、新しい机に座っています。「あと一か月」は、線の外にあります。